| 大連 龍 的个人资料中国大連面白写真と独り言照片日志列表 | 帮助 |
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中国大連面白写真と独り言Welcome!中国駐在員として大連開発区で暮らして早3年半(今はもう大連を引き払いました)。異国での生活はオッとびっくりの場面によく遭遇するよ。異国文化を尊重しながらも日本人が見てびっくりの写真をUP。あと独り言やぼやきもあるけどこっちはさらっとながして、なにか一言コメントもらえたらうれしいです。Dalian China Travel in China Local-life 11月22日 引越し先訪問ありがとうございます。
9月以降の日記は下記に引っ越しました。
名前も大連龍を改めまして南昌老胡になりました。
「中国南昌?ん??どこ 中年語学留学生奮闘記」
湖北省や湖南省旅行記、江西省内旅行記もこちらに
書いてありますのでどうぞおいでください。
10月16日 黒龍江省農家の旅11 最終回実はまだ終わってなかったので最終回書きます
最後の日は皆と別れ未舗装道路をバスで2時間
ジャムスに向いました。
車窓の景色は真夏の緑が美しい
今はもうこの辺りは零度になったので景色は一変しているでしょうね。
市街地、松花河で一時を過ごしたあと、
数日前に出会った日本語学校に参観に行きました。
ジャムス大学城の一角にある語学学校です。
これはジャムス大学
ここで私も講演を20分ほどやってしまいました。
まだ日本語を習い始めたばかりの人達で
日本人を見るのは初めてという人達です。
この学校に日本人教師は居ません。
中国人の先生も日本語一級レベルには程遠いかな?
国家を挙げて一年中反日キャンペーンをやっていて
また日本企業なんてほとんどないジャムスで
これだけ学習環境が悪いのに
日本語を習いたい人はまだ大勢居ます。
この人たちを大切にしたいですね。
どなたか志ある方はジャムスに行って
2,3ヶ月でも日本語教育を手伝ってあげてください。
ボランティア精神と丈夫な体がないと
勤まらない厳しい地域ですけれど。
さてこの日ジャムスでは旅行キャンペーン中で
花自動車パレードがあるようですが
私は飛行場に急がねばなりません。
タクシーを止めたらそこはちょうど
停車禁止場所だったらしい。
普段ならなんでもないのですがあいにく
おまわりさんがたくさん居ました。
そこにタクシーが止まったものだから大変
すぐ横のおまわりさんは見逃してくれたのですが
その5m先の別の巡査は容赦しない
100元の罰金になってしまいました。
(もちろん運転手がです)
まあ止めた私も悪かったのでここは太っ腹で
私が払う代わりに処罰決定書を見せてもらいました。
高いものに付きましたが無事飛行場につき
さて搭乗しようとしたら飛行機は一時間遅れ
しかも大連地方は夜間暴風雨警報になっています。
もし今晩降りられなかったら
翌日は日本出張予定になっていますので間に合わない。
黒龍江省に遊びに行っていることは
会社には内緒なのでかなりやばかったのですが
なんとか夜遅く大連空港に到着。
我が家にも大雨と稲光におびえながら夜半にたどり着きました。
これで「黒龍江省農家の旅」はおしまい。
9月15日 上海旅行記5今回の上海訪問中、一軒のお宅で
お昼を作ってご馳走してくれました。
友達の友達の友達で私とはもちろん初対面。
う~ん、中国式ですねえ。
地下鉄静安寺駅から歩ける
比較的交通便利な場所でした。
そこで築80年の家の一室を借りて居ます。
外観は綺麗ですがもちろんかなりの年月が
経っているので中はそれなり。
で一室といっても2畳無いかも?
昔は物置かなんかかもしれません。
ただ中が中2階になってベッドや物置は上にあり
合理的な配置になっています。
また外側に共用の台所がありました。
狭い部屋ですが空調もあってこれで500元/月
不動産仲介業の会社に勤めている彼は
一番安くて条件の良いここを外に出さず
自分で借りたと言っていました。
4人ぎゅうぎゅう詰めでなんとか座れました。
この昼ごはんは全部彼が作ったもの。
たいへんおいしかったです。
9月13日 上海旅行記4渡し船を降りて少し歩くと上海老街
昔、上海城があったところで
城壁跡の中華路が丸くこの地域を囲み
東門路などの名前が昔を物語ります。
今は商店街になっていて
細い路地を抜けていくと
豫園の繁華街に出ます。
豫園前の池の金魚
ここですごい大雨。
幸い屋根の下に避難できましたが
ガラガラ、ドッシャン
上海の高層ビルに次から次へ落雷です。
道も洪水で移動すら出来ません。
ひたすら雨宿り
この夕立のなか
良い商機とばかり必死で傘を売り歩く
おばさんが何人か居ましたが売れません。
あまりの雨のひどさに傘が役に立たないからです。
また雨を密かに楽しんでいるカップルも・・・
南昌の新ブログ紹介南昌市での留学ブログを書き始めました。
やっと授業が始まったばかりですので
この先どうなるか判りませんが時間を
見つけて書いていきます。
お暇でしたらどうぞ覗いてください。
留学トピックスですし
勉強の為に中文を使うのでなじみにくいとは思いますが
どうぞよろしく
中国南昌?ん??どこだあ???中年語学留学生奮戦記新しいブログでは南昌老胡と名乗っています。
なお大連龍のブログもまだ書き損ねたトピックスや
載せ忘れた写真が残っているので
色あせないうちに継続して書き込みます。
9月11日 上海旅行記3東方明珠塔から歩いて1km
東昌路乗り場から渡し船で黄浦江対岸に渡ります。
一人5角、安!!
人、自転車、オートバイ混在で乗り込みます。
座席はなし。
対岸は目の前ですが何時乗っても実に危険だと思う!
というのもこの河は上海の物資輸送大動脈
ひっきりなしに船が行き来しています。
渡し船はそこを直角に横切るので
まるで信号のない横断報道を渡るのと同じ
中国に来たことある人、暮らしている人は判りますが
3車線の大通りを横切るときに
一車線づつ車列の隙間を縫って渡りますよね
そして目の前30cm、お尻30cmのところを
車が猛スピードで通り過ぎる恐怖を経験したことと
思いますがあれと同じ。
上り下りの船列の隙間を見て
渡船は直角に横切ります。
黄浦江の船は片側3列で大きい船、小さい船
長い船、短い船、早い船、遅い船実に様々。
道路横断と違うのは河は流れがある。
船はじっと止まっていることは出来ない、
それに危ないと思っても
走って避ける、これも出来ない。
実に高等テクニックで交通頻繁な大河を渡りきりますが
これで事故が起きないほうが不思議
そのうち「操船ミスで黄浦江渡船沈没、乗員200人水死」
なんて記事が出なければよいが。
渡し舟最前部から、
双方の船は直角に位置していて
この船のすぐ後を通過します。
こんどはこの船の後
注意!
右左、よく見て渡ろう黄浦江
船は急には止まれない!!
9月10日 上海旅行記2今までは金茂大厦に登っていたので
今回は東方明珠タワーに上ってみました。
天気は今ひとつで薄曇で霞がかかっていました。
なんか金茂大厦がツインタワー化しつつあるけれど
ツインタワーは縁起が悪いから止してね。
黄浦江河底観光トンネルの写真は前にも挑戦したが
ゴンドラが動いているから普通のポケットデジカメでは
暗いトンネル内はぶれてうまく撮れなかった。
今回は一眼レフで再挑戦
七色のトンネル写真が撮れたぞ。
9月9日 出戻り~ 上海旅行記1では無いですけど
やっと自室から日本語でネットに
アクセス出来るようになったので
2週間ぶりに戻ってきましたよ。
もう皆さん、ここには来ないかな??(笑)
南昌の生活については別ブログを立てますが
まだ中国旅行で書き損ねていたことも
たくさんあるので
しばらくはこちらにも追加で書きますよ。
まずは南昌に行く前に寄った上海旅行
上海も変化が早いのでどんどん状況が変わりますね。
前回行ったのは一年前だったかな? 浦東飛行場からリニアモーターカーに乗りました。
ところがところがお約束の430km出さないんですよお。 300km/hで終わり どうも技術上の問題が有るようですね。 先日の火災事故と関係有るんでしょうか? 430km/h出ないなら乗った意味が無い。 日本の新幹線と同じじゃあないか。 金返せ!! 看板に偽り有り、金返せ~~い!!! 駅の電光看板
1年前に430km/h体験しているので
今回430でなくても良いといえば良いのですが
とうとうボロが出てきたかな
最高300kmでも時間は8分で終点に着いた。
10日追記 : 早朝と夜17:30以降は騒音対策で
最高速度が300kmに制限されているそうです。
430km体験したい方は日中乗ってください!!
8月27日 日本帰国そして退職手続き24日に大連をひきあげました。
最後に部屋に残ったものを全部まとめて スーツケースに入れたら3つで67kg エコノミーでの制限重量は二人で40kg に対して1.5倍以上オーバー
超過料金の請求があるかドキドキでしたが チェックイン時にケースが台にぶつかって ケースの金具がちょっと壊れ もともと使い捨て覚悟。 こちらはまったく気にしていない) 大連往復、夫婦同じ飛行機に乗ったのは 実は最初で最後かな。
中部セントレア空港 節約しなくては
と思っていた矢先なのに 「あなたは海外居住なので退職金は20%の源泉課税です」 だって 健康保険の任意継続で金がかかるのは 覚悟しているがわずかな退職金も 80%しかもらえないのか・・
トホホ
8月23日 荷物の整理大きく分けて4種に区分した。
第1群 : 新地に持っていくもの
こんど住むところは学生寮なので多くは置けない
勉学必須用品+衣類が基本だが
捨て切れなかった!
こんなにたくさん荷物を送って大学から文句言われそう。
ただ次の次も考えてのこと。
しばらくは荷物に埋まりながらの生活だあ。
第2群 : 日本の家に送り返すもの
費用は会社が負担してくれるが
家に置く場所も無いので出来るだけ減らしたが・・
アルバムとか記念品とかですが
うちは倉庫ではない、邪魔になるとまた言われそう
第3群 : 会社の人にあげたもの
中国家電をはじめこちらで買った家庭用品は
パーティを開いて人を集め
お土産に配ってしまった。
総額20万円分以上はあった。
小さいのはレストランただ券
大きいのははしごとかマットレス、家庭影院など
皆タクシで持って帰ったがうまく自分の家に
運びこめたかな?
一人では絶対無理の量があったが・・・・
第4群 : 廃棄
こちらで買った旅行関係雑誌が山のようにあった。
DVDも店が開けるくらい
古い洋服や履いていない靴なども全部処分
買いすぎた日本食も廃棄
始めはマンションの掃除人が定時に処分してきたが
今日は保安係りがワザワザ手紙を持ってきた。
普段はそんなことはやらないので
なにか金目の物がないか偵察に来たのだろう。
うちから出るゴミだけでずいぶん臨時収入になるはず。
残り物パーティ会場
コーヒーコーラが活躍しました。
あれこれ物色中の皆さん
8月20日 さよなら大連ってまだ何日かこちらに居ますけれど。
大連から離れる日も近づいてきました。
一昨日、家内が日本から来まして
大連生活を楽しんでいます。
というか引越しの手伝いに来たので
あんまり楽しんでもらっても困りますが
昨日は会社の人を何人か食事に招待して
家内の手料理でもてなし(=冷蔵庫の片付け)
帰りにもう要らないものを引き取ってもらいました。
家電品とか日本に持って帰れないし
これから行く新地は寮で
基本的に勉強道具以外は要らないし
狭いので余計なものは置けない
と言って誰かに売るのも面倒ですから
部屋中のもの全部、房東(家主のことです)の物以外で
衣服とPC、カメラ以外は全部ということで
DVD、掃除機、オーブンから酒、旅行先購入品、かばんなどなど
皆あげてしまいました。
DVD版だけで店が開けるほどたくさんありました。
(大黒さんが持ってきてくれた打出の小槌とか私の衣服は別)
でもまあ処分総額は1万元くらいかな?
部屋のなかがずいぶんすっきりしてきました。
さて総括として大連夜景写真をアップしました。
主に童牛嶺のUFO展望台から撮った写真です。
わたしが3年半住んだ町、大連開発区の夕暮れ
開発区中心部夜景。
露出長めで実際にはこんなに明るくありませんけど。
七色に変化するUFO展望台
約20km離れた湾の向こうの大連市内の夜景。
300mm望遠レンズで手持ち撮影。
さすがにちょっと手ブレが厳しいぞ。
8月15日 黒龍江省農村の旅 10「お昼を食べて言って」と言われましたが
先を急いで次の訪問先へ
そこへはタクシーで1時間くらい先だったかな?
2軒目は農家兼雑貨屋兼下宿屋です。
今は夏休みで居ませんが
普段は学生が十数人下宿しているとか。
寒い冬に耐える為に入り口は狭く2重窓になっています。
看板もなにも無いが皆が知っているので問題ない。
食糧雑貨屋店内
ちょっと休んだあと、待たせていたタクシに乗って
さらにもう少し先の依蘭の町まで行くことにしました。
古い歴史遺跡がいくつかあるというので
案内役にその家の妹と一緒です。
で妹というのは従妹のことで
一人っ子政策になってから従姉妹も皆
姉妹と言う様になったようですね。
始めの頃は知らないから
「ずいぶんたくさん兄弟が居るな」とか
「弟にしては似ていないな」とか思っていましたよ。
でタクシで連れて行かれたのが松花江のほとり
目指す町は向こう側で橋がありません。
渡し舟で渡りますがタクシーは行きません。
車から降りたところで土砂降り、
3人で傘2本
船には屋根はありません。
向こう岸についてタクシーが来るのを待つ間に
もうびっしょり。
「雨降り女はオマエだあ」
「雨降り疫病神はアンタよ」
と悪態つきあってもどうしようもない。
大型バスも運びます。
市内の一番大きなデパート(3階建ですが)に
つけてもらい靴と服を探してうろうろしている内に
空調で濡れた服も乾きました。
大雨で川となった大通り
さて食事をしているうちにも
雨が降ったりやんだりこの日の天気は本当に不好
どうしようも無いので遺跡見学は止めて市内散策に切り替え。
ところがこの日は夏の日曜日ですがデパートは
なんとどこも4時で閉店
寒い長い冬の習慣でしょうか?
いくところも無く仕方ないので帰ることにしましたが
またしても渡し舟で大雨
乗船場とか船とか全く屋根が無いところですから
折角乾いた服もまたびしょぬれ
かわいそうに妹は風邪をひいてしまいましたよ。
雨に祟られた一日でしたがなんとか雑貨屋に戻って
夕食は近所のレストランで出前を頼みました。
小さい腕白坊主がいるので
レストランでは食べられないとの事。
大人が8人居たので8皿頼んだら
一皿10元がもう大きな皿でとても食べ切れませんでした。
翌日も台所においてありましたが
また暖めてお昼に食べたのかな?
夜のうちにハエが一杯一杯たかって居たよ。
ここの家は大きいので
オンドルはベッド部分だけになっている
あとは一軒目と同じような感じ
トイレは外部、板を渡しただけのものだ。
冬はどうするのかな?
お尻を出しただけで凍ってしまいそうです。
この晩はオンドルに火を入れてくれたので
暖かでしたが8月からいつも使うものかな?
客が来たから特別かも?
さすが黒龍江省、盛夏に暖房を入れてくれた。
オンドルの硬い床上のせんべい布団ですから
ちょっと背中が痛かったですが
電気敷き毛布に寝ている感じです。
台所、窓のところに昨日の残り物が置いてあります。
手前の金属の箱は温水循環供給器です。
この晩もカラオケ/DISCOに誘われましたが
二晩睡眠不足なので
酒を飲んだこともありオンドルの上で
横になってしまいました。
彼女達は皆が揃ったので
遅くまでおしゃべりに夢中
1時ごろまで話をしていました。
暗くなったら寝て明るくなったら起きる
農家の生活から見れば特別です。
う~ん、またもや寝不足
8月13日 黒龍江省農村の旅 9駅から軽ワンボックスのタクシーで30分くらい走ったでしょうか
畑や田んぼの中を何度も曲がって目的の村に付きました。
標識も目印も何も無いです。
どこ見てもまったく同じ田んぼでよく道を間違えないなと思うようなところです。
茫々たる一面の水田のところどころにオアシスのように村があります。
ここが目的地です。
今回一緒に行ったHさんの実家では
お父さんとおかあさんが迎えてくれました。
怪しげな日本人が来ると聞いていたのでしょう。
なんかご近所さんも集まっています。
女の子でも頭の毛を短くしているので
着ているものでないと男女の区別が付きません。
さて家の中を見せて頂きました。
特にオンドルに興味がありました。
ここの家は作ったばかりでまだ内装は完成していません。
一部屋は入り口を除いて全部オンドルになっていて
焚き口は思ったより小さかったです。
トウモロコシの茎を乾燥したものを焚くといっていました。
また別に温水循環暖房がありこの温水も
都市と違い自分のところで加熱して造ります。
これは台所、大きな鍋は一般的な農家の台所ですね。
庭で飼っている鶏
最近大きくなったばかりの中鳥のようで
この大きさですが泣き声は「ピヨピヨ」
始めはどこかにひよこが居るのかと
思いましたがこの大きな鳥がピヨピヨと鳴いていたのにはびっくりですよ
昔の小学校ですが小子化でこの学校は
統合されもう使っていないとの事
中国少年先鋒隊竜江学校大隊部
勤勉学習
一般に中国の田舎に行くとどこでも方言が強く
何を言っているのかほとんど理解できませんが
ここ黒龍江省は標準語の元になった言葉で
北京よりもよほど良く通じました。
もちろん固有の単語があってそれは全く判りませんから
彼ら同士での話はテーマが判る程度で
話に割り込むことは難しいです。
あ!いかん、大失敗123456カウントを見過ごしてしまいました。
停電騒ぎなどで忙しくてアクセスできずにいました。
寝ていてハッと気がついて
あわててみてみたら(深夜3時です)もう既に123750件で
123456が何時だったのか判りません。
おそらく11日夜から12日朝にかけて
のはずですがもう記録が残っていません。
すいません。
今回は皆さんが踏まれたということで
次は1234567に挑戦です。
(実はそこまで続かない事がもう確定ですけれど・・・)
というかオーナーだけでなく
皆がちゃんと見える本当の訪問カウンターを
貼り付けないとmsnのページカウンタでは
ほとんど意味ないね。
(と悔し紛れの悪態をついておこう)
黒龍江省農村の旅 8食事が終わったらお決まり?のカラオケコース
と言っても大連の日式カラオケとはもちろん大違い
ここは彼女達の元の地盤なので
電話をかけまくり友達を呼んで貸切状態で大騒ぎ
辺りは真っ暗、
この店を除いてポツン、ポツンと街灯があるだけです。
さてびっくりしたのはここに日本語の曲があったこと。
大連あたりで使っていた機械が中古で
この辺に流れているのでしょうかね?
曲名リストも見たことあるものです。
でもこんなところに日本人が住んでいるわけないし
ましてこのカラオケ店に来るなんてありえない。
日本語の曲が流れたのはおそらく開店以来の事では?
夜も12時を回りさて今晩はどこに泊まるのかな?
連れて行かれたところは駅前ホテル
ホテルというより旅社ですが1ベッド6元でした。
私の今までの最低記録は一晩10元でしたので
記録更新!!
駅前なので列車がうるさくて寝られないかなと
心配しましたがローカル線なので本数が少なく問題なし。
でも5時前には駅前が賑やかになってきたので
目が覚めてしまいましたよ。
1982年創業の看板がある由緒ある?駅前旅館
6元/日のベッドです。 ≒100円 安いです!!
仕事があるから朝一の列車でYさんは戻ります。
といっても家まで4時間かかりますけど。
またその列車で親戚の人がどこから戻ってくると
いうので駅で見送りと出迎えをしました。
大きな駅では入るのは入場券が入りますが
ここは全く自由
この列車に乗る人、見送り出迎えで大変混んでいます。
中国の鉄道は始発駅では座席がありますが
途中駅からの乗車は立ち席券しかありません。
大きな荷物を持って乗る人の為に
見送り人も乗車して席とり合戦を繰り広げますから
大変です。
でこちらも無事見送りと出迎え出来ました。
親戚の人たちと駅前で朝食を取り
(お粥、マントウ、漬物など一人当たり2元はかからなかったな)
車を呼んで今日の訪問先の農家に向いました。
8月10日 今後の方向いちおう8月で大連の生活に終止符をうつことに
(勝手に)決めました。
まだ会社の返事は聞いていないがもう決めました。
で9月からの進路ですが
1)日本本社に戻る ←これは無い
2)日本で悠々自適の生活 ←これも無い
3)日本で失業手当受給後アルバイト生活 ←これはありえる
4)中国で新しい会社での仕事を探す ←これはありえる
5)中国で自分で事業を始める ←これはちょっと実力がないな
6)中国でさすらい旅行をする ←やりたいがお許しが出ないでしょう
7)中国で語学留学をする ←この線が強い
すでに就職紹介会社にも登録して
何件か紹介が来ているのですが
半年くらい学生にもどるにも魅力を感じています。
今まで正規に習ったことないですから中年留学してみたい。
実際に始めたらすごく後悔するかもしれませんけどね。(笑)
黒龍江省農村の旅 7「もう一泊してって、今晩はもっと友達呼ぶから」
というお誘いもあったが
時間の余裕がないので先を急ぐことにした。
雨も上がったのでバスでジャムスへ戻る事にした。
こんどの訪問先は友達Yが前に住んでいた所、
それでYも一緒に行くことになり3人でバスに乗車
満員でエンジンの上の席
この席は本来は違反で背もたれが無いので結構苦しいのだ。
正規の座席に比べれば条件がかなり悪いので
料金を割り引いて欲しいが
値段に敏感な中国人でもこの値引き交渉はしない。
なぜかな?不思議だ。
途中の鶴岡市にはたくさんの炭鉱があるようだ。
行きは暗くて判らなかったが
ボタ山、滑車、炭住など日本ではもう
見られなくなった風景が続く。
ジャムスの駅でエピソード三つ
(その一)
乗っていたバスのタイヤが完全にパンクしていた。
あれ~? 一体何時パンクしたんだ?
これで走って来たのかよ
全く気がつかなかったが
100kmぐらいで飛ばしている時でなくて良かった。
満員バスだから横転とか側壁にぶつかったり
大事故になりかねない。
(その二)
バスの中で日本語はしゃべらないようにしていたが
我々が話しているのを聞いて
また私の服装から日本人ととっくにばれていたらしい。
バスから降りたら2人組男女が
「日本人ですか?」と話しかけてきた。
一人は日本語が話せる。
で聞いて見るとジャムス市内の日本語学校の
先生で「日本人講師を探している」と言う。
日本語を習いたい生徒は大勢居るが
日本人がいないのでぜひ教師をやってくれと
頼まれてしまった。
ジャムス市内の日本人はおそらく4,5人程度だと思う。
すれ違いで日本語が聞こえ、日本料理店が
軒を連ねる大連とは大違い。
ここで日本人教師を見つけるのは大変だろう。
と言って私が出来るわけでなし
先を急ぐ身なので電話番号を聞いて別れた。
どなたかジャムスで日本語教師を
やってみたい方居ませんか?
ほとんど半分ボランティアになりますが
住居、食事は先方で面倒見てくれます。
また漢語学習の面倒も見てくれるので
中国の北方で日本人教師を切望していますから
「我こそは」という奇特な方が居られましたら
一報ください。
2日後にこの学校を訪問して
私が実際に教壇に立ったので
その話はまた後で出てきます。
(その三)
ジャムス駅で同行者のHの知り合いに偶然3組も
出会いました。
おじさん一家、隣近所の人、なんかよく関係が判らない人
顔が広いというかHはやはりジャムス出身であることを
再認識した。
ただ本人が住んでいたのはここから列車で1時間の田舎
実は本人はジャムス市街のことはほとんど知らない。
ジャムス駅
ジャムスから列車で一時間
目的地 香蘭 に着きました。
立派な(田舎)駅?
出迎えの人は構内に自由に出入りし
駅前から非舗装のどろどろ道
白タクがたむろしています。
というか正規タクシーはほとんどいません。
商店街ととても言えない何軒かの小商店
ここでYやHの友人と会って早速夕食
香蘭のレストラン内の一室
ここの席はオンドルになっています。
いわゆる床暖房、中国語で炕(カン)
床が50cmくらい高くなっていて
火を焚いて床から暖める仕組み
ロシア、朝鮮、韓国、および中国東北地区など
冬の寒さの厳しい地域で使われています。
その上のテーブルは日本で使われていた
ちゃぶ台にそっくり
これって日本ではもう絶滅したかな?
左の女の子の前にあるコップは白酒(バイジュー)
さすが東北の女の子
ビールなんて飲みません。
最初から56度のバイジューをぐいぐい水のように飲んでいきます。
オレンジジュースはその奥の男の子用です。
8月9日 黒龍江省農家の旅 6お昼になって私は一人部屋に戻り
女の子達は近所の美容店へ
部屋でウトウトしているとガラガラといったとたん突然の大雨
ただの雨ではない、暴風雨だ。
あわてて家に居た弟と一緒に家中の
窓を閉めて周る。
ちょっと吹込みがあったがヤレヤレ間に合ったと
思ったら後でわかったのだが
玄関の外、階段室の窓が開いていて
大量の雨が吹きこみ
外においてあった靴は全部びしょぬれ
階段室に下駄箱を置いて
自分の領地にしてしまうのが中国流だ。
この雨、いわゆる夕立なのだが
風も強く外を歩くことなんて出来ない。
台風並みだった。
30分吹き荒れ道路には30cmも水が溜まったが
通りすぎた後はカラっと晴れ上がった。
恐るべ黒龍江省の夕立。
猛暑⇒停電昨日は午後から夜にかけて突然停電、工場は大損害
今日は保税区が突然停電
明日とあさっては会社付近がまた計画停電地区に指定された。
仕方ないので二日間休みにして土日出勤にした。
原因は北京の猛暑
電気が足りなくなって急遽東北地区の電気を回したらしい。
まったくの無計画だ。
本当に困る。
日本本社には「遼寧省は停電の心配がありません」と
報告したばかりなのに
8月7日 大連空港での出来事今日の大連空港にて
ここには麻薬探査のビーグル犬がいる。
託送荷物をクンクンかぎまわり
麻薬類を探している犬だ。
もっとも中国で大麻など仕入れて
日本に持ち込む人はいても
日本から中国に持ち込む人など
おそらくいないと思うけれどね。
さてそのビーグル犬
なにを血迷ったのか私の荷物を嗅ぎ出したのだ。
ターンテーブルに自分の荷物がないな?
と思ったら脇にどけてある。
だれか間違えて降ろしたなと思い
持っていこうとすると
「待てい!お前の荷物か??」
「・・・」
「何が入っている?開けろ!!」
と制服がのたまう。
「??」
仕方ないので鍵を外して開けて見せた。
というか、今回の旅行かばん、
まともに荷物を詰めたら軽く30kgを超える
超特大サイズなのだが
今回、日本からなにも持ってきておらず
次回帰国時に使おうと持ってきた回送の空かばん。
入っていたのは妻が差し入れた
一袋の煎餅だけ。
このビーグル麻薬犬
よほどお腹が空いていたと見える。
係官も苦笑い。
うう~今度はアクセス情報が取れない!スペースがバージョンアップしてから
今度は「アクセス情報」が取れない。
なんどトライしてもエラーになってしまう。
123456件が何時、誰になるのか確認したいのに。
もしかしたらもう通り過ぎてしまったかも?
皆さんの所では大丈夫ですか?
見えますか?
大連も夏になっていたきょう、大連に戻ってきました。
暑い、31度位かな
私が日本に行っている間に
こちらにも夏日が来たようです。
でもよく観察すると
赤とんぼがたくさん飛んでいるし雲は高い空にある。
影もちょっぴり長くなって秋の雰囲気も感じられる。
アレレ?もう秋か?
明日8月8日は立秋
今日の富士山空撮
冠雪無しの夏の富士山
翼の上側に見えるアングルは珍しいのだ。
戻って早速サウナに行って
日本の垢を落としてきました。
日本でも毎日シャワー浴びていましたが
風呂上りの快適さは
ゴシゴシやってくれるこちらのアカスリにはかなわない。
さてMSNがバージョンアップして
こちらのPCからも無事写真がアップできるようになりました。
良かったよ、ホッ!! 8月6日 日本の夏日本は梅雨明けで暑い!!あっつい、アツイ!!!!
私の家はそれでも山里ですので
涼しいほうでエアコンなしで過ごしていますが
昨日まで毎日ネクタイ姿で満員電車での通勤
とっても疲れます。
当社はクールビズに不参加
全員ネクタイが義務付けられていて不合理だな。
私はもう日本の生活が合わない体に
なってしまいましたよ。
さて話は変わって昨日は各地で夏祭りがあったようで
浴衣姿もずいぶん見られました。
いいねえ
当地でもささやかな七夕祭りがありまして
これはもう55年の伝統を誇っていますが
でも昔に比べるとちょっとさびしかったナ。
再開発で商店が減ってしまったのと
全部手作りに徹しているようで
出店も商店街の店と素人ものだけ
いわゆる祭り専門業者は来ていません。
それで製造が間に合わない。
焼きそばとか長い列です。
さらに夜9時になったら
蛍の光が流れて
「はい、今日の出し物は終了、店は片付けてください。
寄り道せずすぐにお帰りください」
だって。
オイオイ8時に来たばかりなのに
追い返されてしまったよ。
ここってお子様用の祭りだったのね
知らなかった (^^;
今日は休み
家の ブログの名前が変わるかも大連に来てから3年半
このブログを書き始めて1年半
そろそろ潮時のようです。
まだ確定ではありませんが新天地を探して
さまようことになりそう。
とするとブログの題名も変更かな?
8月5日 黒龍江省農村の旅 5目が覚めてみると
お母さんはもう居ません、
朝早く仕事に出たようです。
我々は近所の店に朝食に出ました。
お粥、包子、漬物で簡単に食事を済ませ街中散策
明るくなって改めてこの街を見てみると
ここは開拓村として発達したのでしょうかね?
きれいに縦横そろった街中に
信号機は全部で4箇所くらいかな?
車、三輪車、農業用車、馬車が
のんびりと走ります。
でもちょっと大きな政府機関はいくつかありますから
郷鎮よりは大きいのかも?。
さて公園の中に小さな「愛国基地」がありました。
「~~将軍って知っている?」
と聞かれましたが知るわけありません。
かってこの地方の抗日ゲリラ隊長だったようで
日本軍に殺されたのでその功績を展示してあるようです。
中に入りたかったのですがあいにく閉まっていました。
老人達は木陰でトランプ
公園ではカラオケが鳴り響きます。
青空カラオケですので歌がうまければよいのですが
どちらかというと騒音公害の2組が競っています!!
近所迷惑
公園ではハスの花が満開
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